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宋悲 (ソウヒ)

宋悲

Song Bei



宋の帝国神捕で、皇帝から銀の魚袋と御前帯刀を賜った。
天下の捕役総指揮使で、州を越えて人犯を逮捕することができる。
江湖の間を行き来し、半分は武林人と言えるであろう。

列伝

官拝は和安至保安郎で、従七品ではあるが、御前帯刀という頭銜を加えれば、現朝の一品大員ですら彼を無理に侮辱することはできない。彼は皇帝の刀であり、それを以て誇りとしている。

皇帝以外には、誰に対しても高ぶることなく、かつ卑下することもない。これは皇帝の期待でもあり、また彼が江湖を経て来た勇気でもある。

もし貪官汚吏が判明すれば、王爺でも逮捕する勇気がある。反対に、極めて情に厚く、宋の刑法を暗誦し、法によって裁けなくとも情状酌量の余地がある場合は、常に目をつぶり一方の目を開き、情状酌量を願うなら寛大な処遇を認める。
かつて、地下牢に監禁されて禁臠として扱われた幼い女の子を逮捕したことがある。逃亡する際に、自分を守るために凶漢を刺し殺していた。

哀れみの心が生じたため、その無実の加害者を釈放してしまい、兄長の政敵に把柄を握られて、大理寺に告発された。

宋悲は厳然と弁論を述べた:「刑法が立法されてから二百年、民情は変わったが、墨守成規すべきではない。況して法は先人が制定したもので、先人もまた人であり、高く廟堂の上に位置して民情を知らず、必ず疏漏がある。不情理であり、反対に天下に害をなす。私は法の及ばぬところで情を容れ、問心して無愧である。」

しかし弁論は失敗し、宋悲は半年間の俸禄を罰せられ、府に幽禁された。幸いなことに、兄の宋慈が朝中を動き回り、また万民の請願があったため、大理寺はようやく成命を取り消し、彼を特赦した。

備考

  • 兄の宋慈は、おそらく史実の人物(1186年―1249年)で、生涯にわたって無数の冤罪を平反し、『洗冤集録』を著した。世界の歴史上初めて死亡方法によって系統的に編集された法医学著作である。Wikipedia

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