釋明 (シャクミョウ)
釋明
Shi Ming
「老衲がどうして偽りなど申せましょう。邪祟は確かにおるのです。心より魔が生じ、唐施主を駆り立てて数多の殺業を造らせておる。あの声々の梵音は、みな施主の心中の魔障を祓わんがためのものですぞ。」
釋明禅師、仏法を修めること数十年、その名声は遠くまで知れ渡っている。
若い頃は嵩山派福建分寺 (南嵩山) の住持を務めていたが、一念の仁から罪人をかばったばかりに、唐門の魔頭が寺の門前で数十回も激しく門を叩く事態を招いた。その夜は雷鳴と稲妻が交錯し、稲光が走るたびに窓の外の人影が浮かび上がり、その姿はまるで悪魔のようだった。僧たちは皆、邪祟が降臨したと口々に唱え、声を揃えて読経した。唐中翎は性情こそ乖戻だが、僧仏への礼敬は人一倍厚く、梵音が絶えぬ間は一言も発さず、夜明けになってようやく去った。その日、寺の僧で心魔を患わなかった者は一人もおらず、釋明とて例外ではなかった。方丈の袈裟と禅杖を返上し、俗世に下って諸国を巡り説法を続けたが、瞬く間に数十年が過ぎても悪夢は拭えず、かえって恐怖の念が悪念を生み、唐門を潰そうと執念深く画策するようになった。
唐中翎が病に倒れると、上官世家を後ろ盾に得て、広州唐門を抱き込み簒奪を企てた。失敗した後も武林盟大会で晁和とともに唐門を中傷し、福韞の口を封じるため、同門の情誼も顧みず卑劣な手で彼を昏倒させた。
趙活が武林大会で「混戦」と大声で叫ぶと、彼こそ唐老魔に最も近い人物だと思い込み、震え上がる。
末路
西武林決戦で趙活との対決の末に死亡するか、あるいはその後、唐門の報復を恐れて国外へ逃れようとするも、白鯊幫に捕らえられて鮫の餌にされる。