極樂教 (ゴクラクキョウ)
二十年前、武林に災禍をもたらした旧魔教。
この教派は吐蕃密教とボン教が結びついて西夏に伝わったもので、すでに百年の歴史を持つ。もともと教義は悪いものではなかったが、代々の伝承の中で後人が私欲のために勝手に曲解・捏造を重ね、また無上瑜伽続を崇奉して男女双修を行うため、中原の礼教に容れられず、魔教と斥けられた。
南宮橫によれば、教徒はみな牙をむき爪を立て、何事も血気に任せて後先を考えぬ狂徒ばかりで、上から下まで正気の者は一人もいないという。悪事を重ねるばかりか、大々的に旗を掲げて兵馬を募り、中原を隷属させようと企んでいた。
最終的には、新任武林盟主龍淵の指揮のもと各派の指導者が一致団結して包囲討伐し、極樂教は滅亡した。
重要人物
教主は西夏の越王李仁友。武林では「極樂魔尊」と呼ばれ、同時に伝説の殺し屋組織千燈樓の樓主でもある。
左右の護法のうち、左使は内力雄厚で《吞天寶鑑》を修練する。右使は刀招が苛烈で、奇毒《屍心蟲》を用い、正道の武林人を支配して意のままに操る。そして教主の功力はこの二人をさらに上回り、九轉輪迴に吞天寶鑑、数十年におよぶ魔功は古今に冠絶する。一振りの鬼蓮王刀を振るえば鬼哭神号、萬里鵬程でさえ見れば悪寒を禁じ得ない。
極樂七仙のうち判明しているのは、峨嵋の「風中奇猿」袁乘風。唐門の毒薬を盗んで山に戻り毒を盛り、峨嵋の先達は命を落とすか、経脈を損なって武功を廃された。彼はこの功績で極樂七仙に封じられ、峨嵋に王として君臨し、荒淫の限りを尽くした。残る六人はまだ明かされていない。
鎮教三宝
極樂教で最も人々を戦慄させたものといえば、吞天寶鑑・九轉輪迴大法・屍心蠱をおいて他にない。本来はいずれも正道の用途であったが、後人の曲解を経て、邪悪な名声だけが残った。
吞天寶鑑
左護法が使う邪功にして、悪名高き饕餮真経。撃ち合う際に相手の脈門を押さえ、たちまち天が崩れ落ちるような圧力が覆いかぶさり、内力の主導権を奪って内力を絶え間なく流出させ、己の側へと吸い取る。
崆峒派の鐵琵琶功こそ、吞天寶鑑の天敵である。教主はこのために崆峒派を潰そうと画策を重ねてきた。もしこの功を吸えば、琴弦が動くや百脈が一斉に鳴り響き、吸い取った異種の真気がまだ帰一しないうちに暴走し、体内を暴れ回って内傷を負わせる。
実のところ《吞天寶鑑》が本来吞んでいた気は他人の内力ではなく、広大な天地の間に満ちる太虚の気であり、天地と息を一つにするもので、道家の「天人合一」「順応自然」の思想に通じるものであった。
九轉輪迴大法
九轉輪迴は、幻身・光明・中陰・転世の四大密続を通じて、生死の間にある大恐怖を超脱し、涅槃禅定へと至る。死して蘇るのは過程にすぎず、終点ではない。
功力が一層深まるごとに生死の大関に直面し、その際には九泉丹を服用して死から蘇り、脱胎換骨する必要があるという。この丹には起死回生の霊効があるばかりか、十年分の功力を増すとも言われる。龍淵は九泉丹を服用したことがあり、確かに霊丹であったので、丹方まで奪ってきた。葉雲裳の奇病も、九泉丹と関わりがある。
唐布衣はかつて功力の停滞を感じ、極樂左使から奪ったこの法を修練したが、唐門の内功と合わずに走火入魔し、行き詰まってしまった。飛俠帰来が発動した際にはこの功の主導権を握り、丹田に結して気脈の下に巡らせ、音もなく気配もなく、周天が円満に至るや真気で自ら心臓を按摩して仮死状態を解き、輪迴蘇生を果たす。
申屠龍いわく、前世の李仁友は老いた肉体がすでに朽ちたため、魂魄が体を抜け出して肉身を奪舎し、彼として転生したのだという。
屍心丹
右護法が用いる、天竺渡来の奇毒。
この毒は血に触れると蝋封が溶け、繭を破って躍り出て人体に潜り込み、たちまち人の血肉に擬態するため、どれほど医術に優れた医者でも取り除くのは難しい。定期的に薬を服用して鎮めなければ、患者の心臓の血肉を喰らい、同時に猛毒の粘液を放つ。患者は心血が煮えたぎるようになり、狂ったようにもがき、苦しみ抜いた末に死ぬ。毒虫が脳に潜り込めば、術者の許しなくしては自ら命を絶つことすら叶わぬ夢物語となる。まさに凶悪きわまりない代物である。
極樂教が武林に災いをなした時代、数知れぬ豪傑がこの毒に辱められ、人とも鬼ともつかぬ姿に成り果てた。この蠱のせいで、袁乘風は峨嵋の先達を廃し、唐鹿は人に操られ、千燈樓の殺し屋は逃亡もできないなど、尽きぬ悔恨を生んだ。
もっとも、唐門の功力精純な者が相手では、命が危うい隙を突かれでもしない限り、この屍心蠱は体に入った途端に毒功に毒殺されてしまう。
唐錚は人の血肉に同化するその特異な性質に目をつけ、独自に『萬壽屍心丹』を研製した。内服して血に溶かし、四肢百骸に行き渡らせれば、内傷を修復できる。惜しむらくは、この丹の精製は極めて煩雑で、材料も入手困難なこと。屍心蟲は人血と毒花草で飼育し、毒素で死なぬよう日ごとに投与量を増やし、その後の丹の精製にはさらに数年の歳月を要する。たとえ使い物になっても、この丹には結局のところ毒があり、唐門の者でなければ体が保たない。
滅亡
決戰極樂教の記事を参照。
復活
李仁友は九轉輪迴大法によって申屠龍に転生し、青城派に入門した。裏では千燈樓に指示して崆峒派へ潜入させ、天敵たる鐵琵琶功を葬り去ろうとした。
そのほか、教徒たちは宋に長年潜伏して呼応の備えを整え、侵略の準備を万端にしていた。武林盟が唐門に攻め入るや、極樂教はその機に乗じて台頭し、各地の官道・官駅を押さえ、金国に道を借りた西夏の兵馬と内外から呼応して西蜀を攻め取った。もし金烏上人が崆峒の掌派人に選ばれていれば、さらに彼の手引きで関内へ導き入れられることになる。
臨安の官家がその報せを得たときには数か月が過ぎており、蜀の地はとうに陥落していた。
秘笈
備考
- 飛俠落地事件では、西域火蠍王の火毒が使われたことがある。