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錦香宮 (キンコウキュウ)

陣営資料

錦香宮は洞庭湖上に座し、岳陽樓・君山・風雨山と遥かに向かい合う。名を揚げて以来、受け入れてきたのは、世間の偏見に苦しめられた哀れな女性たちばかりである。

溫夫人は心血を注いで腐儒の思想に抗い、宮人に文武を教え、自愛・自重・自尊の心を育み、「女流」という蔑称からの脱却を目指してきた。天下の女子のために一矢報い、天下の男児を赤面させ、男にできることは女にも同じくできると証明するためである。

南宮家主宮主の昔年の因縁により、南宮の一族は錦香宮の縄張りを通る際に頭を下げねばならないことは、誰もが知るところである。ただし錦香宮の創設当初に多くの恩顧を受けたため、門人と南宮家との往来までは禁じていない。一方、蜀中の唐門とはほとんど交流がない。

その実態は泥教の人間道であり、溫夫人は人間道法王である。全宮でただ一人、龍湘だけがそれを知らない。

宮殿めぐり

白水連天暮、洪波帶日流。風高雲夢夕、月滿洞庭秋。沙上漁人火、煙中賈客舟。西園與南浦、萬里共悠悠。

錦香宮はもとは錦香閣といい、閣中の十一人の門徒はいずれも武功の達人であった。約十年前、杏花仙の瑞杏が宮殿を弟子入りの礼として献上し、閣を挙げて洞庭に移り住んだ。

この宮殿は全て上等な木材を用い、紅の漆を塗って磨き上げ、帳や布団まで香が焚きしめられている実に雅なもので、本来なら王侯貴族が受けるべき待遇である。外賓房のほかは、書院・武英殿・錦繡軒・香露池・華音閣に分かれる。

書房の蔵書は、外賓には貸し出さない。錦繡軒は機織りの場、香露池は女性の浴場である。この三か所は男子禁制で、外賓が入浴するには人を呼んで湯を沸かしてもらい、部屋で済ませることになる。

武英殿は宮人が武功を鍛錬する場所である。盗み見られてもかまわない。錦香宮の武功はすべて女子が学ぶものだからだ。錦香宮人であろうとなかろうと、女子が学べば護身になるのだから、秘するには及ばない。男子が学べば身のこなしがなよなよとしてしまうから、人に笑われるのが怖くないなら、どうぞ学んでいくがよい。

華音閣は琴を弾き、曲を奏で、楽器を学ぶ場所。溫夫人の決まりで、宮人は心身を整えるために少なくとも一つは楽器を習うことになっている。才ある宮人ともなれば、一人で四、五種の楽器を奏でる。楽器には簫・琵琶・箏・琴などがある。

錦香宮は一日三食で、板栗焼鶏腿 (栗と鶏もも肉の煮込み) が絶品。湖のほとりゆえ普段は魚や海老が多く、鶏肉は二、三日に一度しか食べられない貴重なご馳走で、龍湘の大好物である。

暇なときには舟で洞庭湖めぐりもできる。誘える想い人がいるなら、の話だが。

武功

錦香宮の宮人はみな武芸を習う。自衛のため、自信を築くため、人に虐げられないためである。[1]錦香宮の武功には南宮世家から学んだもの、宇文世家から学んだもの、溫無畏が教えたものがあり、初期の十一人も編纂に加わっている。[2]以下はシナリオに登場した武功で、鳥熊によれば他にも技があるという。[3]

  • 音波功:琵琶や琴などの楽器を奏でて七情六欲を煽り、内功や定力の足りない者は、その場で狂い死にせずとも、気が乱れて体を損ない、生涯癒えない傷を負う。敵を傷つけるだけでなく、内力で人の心律や脈息を操り、治療の助けとすることもできる。
  • 娟索功:霊蛇のごとくしなやかに、意のままに旋回する。一見か弱いようで実に受けづらく、点穴で相手を麻痺させることさえできる。龍淵七絕の離奇点穴縄と似た妙があるという。
  • 繞指柔劍:この剣は人を斬っても命を奪わず、臓腑も傷つけず、襟元にわずかな血がにじむのみという精確さ。繞指柔針を使えば、錠前すら開けられるという。龍湘は数え切れないほどの鶏を刺し損じてようやく会得し、剣を鞭よりも柔らかく操る。
  • 玄燭心經:運転すれば焦りや苛立ちを鎮め、宮人の心を清め、激情に惑わされず冷静な決断を下せるようになる。

琵琶問心

錦香宮人を娶る際の決まりは、妾も平妻も持たず、生涯一人を貫くこと。

江湖には昔から「真情假意、琵琶問心」という言葉がある。溫夫人は音波功で江湖に名を馳せており、武林の侠客でこれをこけおどしと思う者は一人もいない。実際に痛い目を見た者も少なくないのだ。

錦香宮人を娶ろうとする者は、誰であろうとまず溫夫人の琵琶を一曲聴かねばならない。聴く者の内功・定力が足りなければ必ず幻境に堕ち、本性を暴かれる。軽ければ踊り狂って赤っ恥をかき、重ければ経脈を損ない走火入魔する。

惜花令

「師命を奉じて江湖を行き、惜花令を持って天下の薄情者を懲らしめる。」

江湖を遊歴する錦香宮弟子には、旅立ちの前に溫夫人から一冊の名簿が渡される。名づけて《惜花令》。この帳面には女子を虐げた放蕩な悪漢が数多く記されており、錦香宮弟子は帳面に従って訪ね歩き、噂の真偽を確かめる。罪の軽重に応じて、軽ければ打ち据え、重ければその命を取る。

三妻四妾は礼教が許しても、錦香宮は許さない。人の心を踏みにじる輩は、みな惜花令に名を残すことになる。

龍湘の名簿を例にとれば、破廟事件の陳序公子、そして唐門飛俠が載っている。

風雨山の変

細雨紛紛撐不住、點滴零落在心頭。別來二十載、俯仰皆無奈。剪盡了西窗燭、訴不完傷心事。細把淚捻寫作詩、張弦代語訴君知。

朝廷が上官家の手を借りて武林に介入したため、錦香宮だけが超然としていることは、もはや不可能となった。そこで溫夫人は風雨山武林大会での錦香宮解散を決意し、行き場のない者がいれば趙活に頼んで唐門に引き取ってもらうことにした。

大会で解散を宣言したそのとき、南宮世家の二公子南宮淺丐幫の密書を手に、溫夫人こそ泥教人間道法王であると衆人の前で告発した。錦香宮は江湖に身を立てて以来、善行では人後に落ちなかったにもかかわらず、泥教と関わりがあると聞くや、江湖の人々は我先にと関係を絶ち、殺してしまえと息巻いた。

これを見た錦香宮人は直ちに風后陣を結んだ。この陣は三国の名宰相諸葛亮が推演した《八陣圖》から発展したもので、陣眼が定まれば絶え間なく流転し、一人が剣を出せば八方の宮人が互いの後詰めとなる。かくして正道武林と互角に渡り合った。溫夫人南宮深上官隼を陣中に招いて交渉し、朝廷への帰順を願い出た。だが岳州通判が飛び出してきて声高に制止し、交渉は決裂した。

大勢が決したのを見て、溫夫人上官隼に情けを乞うた。せめて体面を保って死にたい、一連の火で全宮人を連れて行く、と。火中で溫夫人は琵琶を執り、楽の音は悠揚として、曲想は物悲しい。やがて曲調が一変し、原曲に異音を加え、弦の調べを言葉の代わりとした――錦香宮人にしか聞き取れない暗号で、畫中仙に本物の溫夫人へ成り代わるよう伝えたのだ。自らは屍心丹で全宮を操っていた魔頭を装い、人間道の一件をすべて一身に背負って、南宮遠と殉死した。

畫中仙は宮人を率い、引退の命を撤回して新盟主に挨拶した。風雨山の一戦で深手を負ったことを理由に宮門を固く閉ざして出ず、一切の来訪を断り、誰の謝罪も受け付けていない。

秘笈

備考

  • 宮人の額の化粧はおそらく花鈿妝。特に意味はなく、単に流行りで、綺麗で、面白いから。[4]
  • 本来なら玄燭心經で宮人は冷静に考えられるはずだが、みな修行不足で、溫夫人の苦心は無駄になっている。[3:1]
  • 一部のシナリオ分岐では、錦香宮は唐門外堡に移り住む。[3:2]
  • 唐門外堡への移住後も、変わらず自律して武芸や剣を鍛錬している。仕事は慣れたものばかりとは限らず、唐門の事業に勤めに出る者もいる。[1:1]
  • 西武林ルートで唐門が錦香宮の受け入れを拒むと、畫中仙は宮人を率いて中土を離れ、人里離れた瀘沽湖に居を定め、二度と中原には戻らない。
  • 収入について。錦香宮の女子にはそれぞれ仕事があり、岳陽で料理屋や機織り屋も営んでおり、刺繍や飾り結びを売り歩くこともある。[5]
  • 瑞杏は盆暮れの折に溫夫人へ贈り物を届けさせるほかは、援助をしない。溫夫人がそれを嫌い、宮人には自活させたい意向だからである。[5:1]
  • 繞指柔劍で魚の骨を取ることもできるが、箸か手を使うことを勧める。[6]
  • 風雨山の大戦で高手たちが陣を破らなかったのには理由がある。鳥熊は公開したくない、皆で考えてもらうほうがよいことだと述べている。[6:1]
  • 宋代は洗浄手段が限られ、大半の人は水で済ませていた。錦香宮人はサイカチやヨモギの煮汁で髪を洗う。[7]
  • 音律や武芸などの試験で優秀な成績を収めると、追加の小遣いと休日がもらえる。[2:1]
  • 初期の十一人で今も残るのは溫夫人明玉華仙兒のみ。[2:2]

Contributors

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Changelog


  1. PTT C洽-[活俠] 龍湘與奇怪的小知識P3 ↩︎ ↩︎

  2. PTT C洽-[活俠] 龍湘與奇怪的小知識P5 ↩︎ ↩︎ ↩︎

  3. PTT C洽-[活俠] 龍湘+綜合小知識數則 ↩︎ ↩︎ ↩︎

  4. 巴哈姆特-【情報】關於龍湘屁股大小的答案+私聊鳥熊的對話訊息 ↩︎

  5. 巴哈姆特 - RE:【情報】鳥熊問答集 ↩︎ ↩︎

  6. 問答集2024-10-21 ↩︎ ↩︎

  7. 問答集2024-10-31 ↩︎